今朝、ふと子どもたちの学校の行き帰りの挨拶について話題になったので、ちょっと個人的な意見を書いてみることにした。

挨拶はコミュニケーションの最初の一歩にはなる

学校の登下校時に子どもたちが挨拶をスクールガードさんにしない子がいるという話で、スクールガードさんから指摘が出ていたことを配布プリントに書くべきかどうかということで議論になったんです。

私の意見としては、「挨拶はすべきだけど、強要すべきものではない」というスタンス。というのも、子どもによっては思春期で挨拶が恥ずかしがる子もいるはず。そういう心を考えずに「挨拶はすべきだから強要すべき」となるのは、オカシイよなと。

子どもや大人が挨拶をしないのには、何かしらの理由があるはず。

私の知っている方(高齢の方)で、地域のいざこざがあって、ある人(こちらも高齢の方)に挨拶しても無視されるという事があるように、子どもなりに理由があるはず。まあ、個人的には照れなどが子どもの主な原因だろうと思うから、照れずにやれ!というのが同調圧力的でオカシイと思うんですよね。

年齢の高い人には無条件で挨拶をしないといけない?

スクールガードなどからこういう話が出る時は、大きく2つあって、「最近、思春期の子が挨拶が少なくなったね」というパターンと「スクールガードに立ってやっているの挨拶をしないとは何事だ!」というパターン。

ちょっと極端にしましたけど、大きく分けるとこの2つになるんだよね。で、結構多いのは先のパターンで、自分の感情として寂しいけど仕方ないよねという方が大半です。そのうえで、挨拶をして欲しいなという意見を聞くことがあります。その場合は、私も「そうですね」となるのですが、「挨拶すら出来んのか!」という方には、「それは、どうなんでしょうか?」となってしまう。だから、ある一定数の方を私は敵にしてしまうのでしょうけど。

私の考えとしては、年齢の高い低いに関わらず、挨拶をしたほうが良いなと判断した人に挨拶をしたらそれで良いのではないかと思っています。もし、挨拶をしても返してくれないのだったら、挨拶する対象として思われていないのだから仕方がない。自分に何かしらの原因があるのかもと思うようにしています。

そもそも、笑顔で挨拶をされていて、影では陰口をめっちゃ言われるぐらいなら挨拶されないほうがむしろスッキリするなと。www

実際、私も色々な人が知り合いが増えた関係で、覚えていない人がいたりして、先日挨拶したのに、気付いてもらえなかったと言われることが多々あります。これって、申し訳ないと思うんですが、なかなか数回しかあっていない人は覚えられないんです。もちろん、覚えられる人もいると思いますけど、私はゴメンナサイ、無理です。

もし、子どもが道端で挨拶をしてくれていて、その大人が気が付かなくて、傷つけていることもあると思うんですよ。なので、挨拶をして挨拶されなくても、「まあ、良いか」と私は思うようにしています。もしくは、「何か私の方でやっちゃったかな?機嫌が悪いのかな?照れているのかな?」ぐらいで。

挨拶を返してくれた事が嬉しくなる

挨拶をする立場としては挨拶を返してくれることを期待するのは仕方のない心理だと思うのですが、「挨拶をしてやっている」みたいな気持ちを持たなければ、挨拶を返してもらえなくても、返ってきたら単純に嬉しいなと思えると思うんですよね。

先に書きましたけど、「挨拶ってコミュニケーションの最初の一歩にはなる」という考えを持っていて、これはどの世代に対しても成り立つと思っているんです。年齢の高い人向けや年齢の低い人向けに関わらずですね。別に年齢が高ければ低い方からしなくちゃいけないとかいう考えは無くて、気がついた方からすればいいし、挨拶をされなかったら、相手に原因があるのではなくてこちら側に原因があると考えると、変に感情的になることもないんですよね。

実際、以前にあったのですが、地域の不登校の子に挨拶をしていて恥ずかしそうに首をちょこっと降るだけだった子が、比較的大きな声で「こんにちは」って言ってくれた時はマジで涙が出そうになりました。

挨拶って、「言葉のキャッチボール」っていうじゃないですか。キャッチボールってお互いにやる気がなければやり取りにならないんですよ。それは、投げる人は受け取る人が受け取ってくれる想定で投げますけど、キャッチボールする気のない人に投げても受け取りすらしてくれないはずなんです。それを理解していれば、たとえスクールガードだったとしても、挨拶の返事を返ってこなくても挨拶をし続ければ返してくれるようになるかもしれないし、返ってこないかもしれない。ただ、返してくれる子どもたちのために、みんなに挨拶をすればいいじゃないかなと思っています。

もちろん、これは私個人の考えであり、罰則をもってでも年配の人が挨拶をしてきたら必ず返さないといけないというルールを地域によっては作っても良いと思います。ただ、私はそういう地域では地域のために決して活動はしないなと。